ご挨拶に代えて

 

漆は、ウルシの木からにじみ出る樹液です。
人間でいうと血液と一緒です。木にとって漆は血の一滴、木の命なのです。
はるか昔の縄文時代から、漆は、塗料や接着剤として大切に使われてきました。

うるしの語源は「うるわし(麗し)」とも「うるむ(潤む)」ともいわれており、水に濡れたような瑞々しい艶やかさが魅力です。
輪島塗の手あたりの心地よさ、口あたりの和やかさに、暮らしの中の「美」を見いだします。

漆にはデリケートなイメージがあるかもしれませんが、固まると金属や陶器も皆くっつけてしまうほどの強い接着力があります。
いったん固まると、塩酸や硫酸にも耐えることのできる、最強の自然塗料といわれています。

およそ10~15年育てたウルシの木1本から、たった200g、コップ1杯の漆しかとれません。
これは輪島塗のお椀が8個ほど作れる量。漆は希少で貴重な自然からの贈りものなのです。

谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」にも描かれた、侘び・寂びにも通じる漆器の美意識は、今も昔も世界中の憧れです。

オーストリア・ハプスブルグ家の女帝マリア・テレジアは、「私はダイヤモンドより漆がいいわ。」といって、お城に「漆の間」をしつらえてしまうほど、漆好きだったことは有名です。
マリー・アントワネットは、母親のマリア・テレジアから多くの美しい漆器を受け継ぎ、その漆コレクションはヨーロッパ随一でした。

漆塗りの技法は中国から始まったとされていましたが、北海道の遺跡から、9千年前の漆塗り製品が発見されたことで、現在では、日本が漆塗り発祥の地とされています。
長い歴史の中で、金閣寺など日本建築を代表する神社仏閣や阿修羅などの仏像にも漆がふんだんに使われてきました。漆器にふれると、悠久の時を感じます。

しかしながら、日本の文化になくてはならない「漆」が、今、私たちの暮らしから消えようとしています。
未来の子ども達に漆、そして本物の漆塗りという「日本の宝」を伝え残さなければなりません。

今、世界では、海洋プラスチック問題や環境汚染が大きな問題となっています。

木の命である漆を器に宿す漆器は、素材や道具のすべてに自然のものを用い、製作過程でCO2を排出することなく、最後は環境を汚染することなく土に還ります。
職人は伝統の技で丈夫な漆器をつくり、使い手はお直ししながら長く大切に使い、ごみにすることなく次世代へ受け継いでいく。
これはまさに今世界中で求められている、省エネルギーで持続可能な循環型社会を作るのに役立ちます。
漆は、人に優しく、環境破壊と無縁な、極めて優れたエコ素材なのです。

現在、国産漆は国内需要のわずか2%で、ほとんどが中国からの輸入に頼っています。
文化庁は2015年に、国宝や重要文化財の修復には原則として国産漆を使用することを決め、国産漆はさらに不足している現状です。
今こそ漆を増やす時、漆の森づくりが全国で始まっています。

漆は、良いものを長く大切に使う心、自然に対する畏敬の念、祖先への尊敬など、大切なことを教えてくれる素晴らしい日本文化です。
伝統工芸の中でも輪島塗は、日本の美意識、日本人の美徳というストーリーに満ちた日本の宝です。

ゆっくり作って、ゆっくり使って、ゆっくり受け継ぐ。

漆文化の美しさ、素晴らしさを世界へ。
今こそ漆の良さ、可能性を見直す時です。
漆文化を未来へつなぐ為に、今私にできることに取り組んでまいります。

YUI JAPAN代表

中根多香子